能登半島地震

令和6年1月1日16時10分、石川県能登地方の深さ16km(暫定値)を震源とするマグニチュード7.6(暫定値)の地震が発生し、石川県の輪島市及び志賀町で震度7を観測したほか、北海道から九州地方にかけて震度6強から1を観測しました。
この災害での犠牲者は592人にもなりました。(内閣府令和6年能登半島地震に係る被害状況等について)
車が横転する

私は、震災発災から約1年と2ヶ月が経過した2025年の3月に能登半島にボランティア活動をしてきました。その中で多くの方からお話しを聞かせていただきました。今回は、石川県穴水町に住む男性から聞いたお話しを紹介します。
震災当時、男性は車の中で大きな横揺れを感じたと話していました。今まで体験したことのない横揺れで乗っている車が「横転する」と思ったほどだったそうです。揺れが収まってから大津波警報が発令されたため男性は高台に避難しようと車を走らせましたが地震による土砂崩れで道路が通れない状態でした。急遽別の避難所に逃げて2日間の避難所生活をしたそうです。
仮設住宅でのトラウマ
男性が住んでいた家は地震で全壊と判断されたため仮設住宅での生活を余儀なくされました。男性は仮設住宅の生活の中でトラウマになってしまったと話しました。それは、豪雨災害です。地震から約8ヶ月が経過した令和6年9月21日~23日にかけて「奥能登豪雨」が発生したのです。
豪雨で仮設住宅内は浸水し1階で寝ることが怖くてできなくなってしまいました。男性は会社の2階のスペースを借りて生活しているそうです。
度重なる大きな災害でたくさんの人の心が締め付けられていました。
ボランティアを依頼
全壊と判断されボランティア依頼をしたそうです。はじめは1人で片付けを行っていたそうですがあまりにも終わりが見えなくボランティア依頼を決めたと話します。ボランティアは3日間で約40人の方がきて片付けの手伝いをしてくれました。
男性は、ボランティアの人たちと話すことで少し笑顔になれたしまた頑張ろうと思えたと話していました。
まとめ
令和6年1月1日発生の能登半島地震(M7.6)で592名が犠牲になりました。2025年3月、穴水町の男性は車が横転するかと思うほどの揺れの後、大津波警報で避難も土砂崩れで阻まれ、2日間の避難所生活を経て仮設住宅で生活になりました。令和6年9月の豪雨で再び浸水し会社2階で暮らす中、約40人のボランティアによる3日間の復旧支援が笑顔を取り戻す支えとなったそうです。
避難経路はハザードマップを見ながら最悪の場合を想定して確認を行ってください。



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